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【2018/04/23 03:19 】 |
427) 環境を変えると自分が変わる

シニフィアン研究所(埼玉県上尾市&和歌山県和歌山市)の楽歩愛真です。
なぜ、どうしてとの疑問を持ち、納得のできる答えを知りたいと考えている人にとって、精神分析という対話療法は有効な方法です。

今日は、「環境を変えると自分が変わる」 について書きます。

『孟母三遷』という言葉があります。
これは、 「子供は周囲の影響を受けやすいので、子供の教育には環境を選ぶことが大切であるという教え。」と辞書にあります。
子どもに限らず人は環境が変わると知らないうちに変わっていくようです。
では、どうして環境が変わると人は変わるのでしょうか。
ここでは、身体に受ける刺激が変わるという観点から考えてみたいと思います。 

人は日々刻々と変わる刺激を身に受けて暮らしています。
経験したことのない刺激に対しては意識するけれど、慣れた刺激に対しては意識しなくなるといわれます。
つまり、慣れた刺激に対してはその都度意識しなくても身体が勝手に反応するようになっている。
逆に、慣れない刺激に対してはその都度意識し、それに対する反応を模索するといえます。

ここから身体に受ける刺激を変えるとそれに対する反応が変わる。
反応が変わると結果的に行動が変わることになります。
刺激を変えるには例えば環境を変えればいい。
つまり、「環境を変えれば自分が変わる」ということになります。

こうして環境を選択することで自分を意図的に変えることは可能だと考えます。
他にも『朱に交われば赤くなる』『旅の恥はかき捨て』などがあります。
これらからも、人は環境に左右されやすい、環境によっていかようにも変われるといえるのではないでしょうか。

自分を変える方法は数多あると思います。
ここでは、環境を変える=刺激が変わる=反応が変わる=行動が変わる=自分が変わるとの観点から書いてみました。

twitterでは随時気づいたことを投稿しています。
興味を持たれた方はアクセスしてみてください。https://twitter.com/rakuhomanami  

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【2016/01/27 11:55 】 | 家族 | 有り難いご意見(0)
424) 鏡の中の私

シニフィアン研究所(埼玉県上尾市&和歌山県和歌山市)の楽歩愛真です。
なぜ、どうしてとの疑問を持ち、納得のできる答えを知りたいと考えている人にとって、精神分析という対話療法は有効な方法です。

今日は、「鏡の中の私」 について書きます。

目は目そのものを見ることは不可能。だから人は鏡に映して見る。
毎朝鏡を見て化粧したり、洋服を選んだりしている。
それでも時々、鏡に映して確認している。
街のショーウインドーに映った自分の姿を見る。
鏡に映った自分の姿や顔を見て何をしているのでしょうか。
どうやら自分のイメージ通りになっていることを確認し、安心しているようです。
つまり、自分が想像している姿と鏡に映る姿が一致していることの確認をしている。
それほど、人は自分の見え方を気にしているといえます。
一日のうち、どれほど自分の姿を見ているでしょうか。
どうしてそんなに見るのでしょう。

人の目が気になる。
人がどう思っているか気になる。
何か言われるのではないかと思うと人の中に出ていけない。
このように語る人たちがいます。

なぜ人は、それほどまでに他者の目を気にするのでしょうか。

こうのように考えていると、鏡の中の自分の姿とそれを見ている自分の関係は、自分と自分を見ている他者の関係に重なってきます。
つまり、鏡=他者。人は他者の中に自分の姿を映していると考えられます。
もっというと、人は他者を見ているのではなく、他者の中に映る自分自身を見ている。
他者がどのように見ているか=自分の姿
他者に良く見られたい=良い私
他者に好かれたい=好かれる私 etc
だから人は他者の目を気にする。

こうして、私たちは他者という鏡の中の私を見て生きている、他者という自分の姿に翻弄されていると言えるのではないでしょうか。

シニフィアン研究所  http://signifiant-lab.com/
Twitter https://twitter.com/rakuhomanami 

【2015/11/23 15:46 】 | 家族 | 有り難いご意見(0)
420)根無し草(デラシネ)&関西出張のお知らせ

シニフィアン研究所(埼玉県上尾市&和歌山県和歌山市)の楽歩愛真です。
なぜ、どうしてとの疑問を持ち、納得のできる答えを知りたいと考えている人にとって、精神分析という対話療法は有効な方法です。

今日は、「根無し草(デラシネ)&関西出張のお知らせ」 について書きます。

デラシネとは、辞書によると「根無し草のことで、転じて故郷や祖国から切り離された人」とのことです。ここではこの意味を転じて、「心の居場所から切り放された人=居場所がないと感じている人」として考えてみることにします。 

「どこにも自分の居場所がない」
このような表現を聞くことがあります。
物理的に居場所と定められた場所があっても、その本人が自分の居場所だと実感しない限り、意味をなしません。
つまり、居場所があるとは、「ここが自分の居場所だ」と感じる場所があることを指します。この意味において、根無し草(デラシネ)とは「心の居場所がないと感じている人」となります。

ここが自分の居場所だと感じるとはどういうことでしょう。
居場所があるとは、自分が居る居ないに関わらずその場所が確保されているということ。
いつでも自分の座る場所が存在するということではないでしょうか。 
自分が気ままに行っても、常にその場があること、あるいはそのように思えること。
もっというと、自分の気ままにしても許される場があるということ、歓待される場があることだと考えます。
たとえ離れていたとしても自分には帰る場所があると思える。 このような場があると思える時、人は「自分の居場所がある」というのでしょう。

それとは逆の場合を根無し草(デラシネ)といいます。しっかり根を下ろしたいと切望しつつ、どこにも自分の居場所がないと感じ、結果的に放浪することとなる。

以上のことから根無し草(デラシネ)人には「定着」という言葉の意味が理解できない可能性があります。なぜなら、「定着」とはしっかりとつくこと、一定の場所に落ち着くことという意味だからです。

では、定着するにはどうしたらいいのでしょう。
それにはまず、自分の場所(席)を作ってもらうことからスタートです。
すべてはそこからです。それができないとその先はないといっても過言ではないでしょう。 

蛇足ですが、「定着」以外にも「着」のつく熟語を調べてみると、密着、帰着、決着など興味深いものが出てきます。
興味のある方は一度検索してみてください。

______________________________________

≪9月度関西出張のお知らせ

*1日(火)~3日(木) 大阪市・和歌山市

面談・インテグレーター養成講座・≪人間講座-象徴界に生まれる≫・フリートーク(テーマは『分かち合う』 )

*8月31日(月)・9月4日(金)埼玉県大宮市

詳しくは、シニフィアン研究所のHP http://signifiant-lab.com/  Twitter https://twitter.com/rakuhomanami、を参照、連絡ください。

【2015/08/31 11:05 】 | 家族 | 有り難いご意見(0)
403)ダイエットと言語-言語でやせる

シニフィアン研究所(埼玉県上尾市&和歌山県和歌山市)の楽歩愛真です。
なぜ、どうしてとの疑問を持ち、納得のできる答えを知りたいと考えている人にとって、精神分析という対話療法は有効な方法です。

今日は、「ダイエットと言語-言語でやせる」 について書きます。

「ダイエット」と聞いて興味を持つ人、かつて挑戦した人はかなり多いのではないでしょうか。
ところがなかなか成功しなかったり、続かなかったり、リバウンドしたりなどなど。

ここで、先日ある人から聞いた体験を紹介します。
それは表題にも書いたように「言語でやせる」です。
それにはただ一つのことを実行し、継続することだそうです。
それは、
≪食事の度に『いただきます』と『ごちそうさまでした』を声に出して言うこと

これなら簡単、すぐに実行可能です。あるいは、もうすでに実行している人もいるでしょう。
では、食事の度に声に出して言うことがどうしてダイエットに繋がるかを考えてみます。

要因は二つ。
一つは「声に出して言う」もう一つは「区切る」です。

最初に「声に出して言う」から考えます。
声に出して言うことは、誰よりも声を出した本人が聞きます。
頭の中で思い浮かべるだけではすぐに消えてしまう可能性が大きい。
思い浮かべたことを声に出して言ってみることで、自らの耳で聞いて再確認することになります。
語った自分の言葉にハッとした経験のある人も多いのではないでしょうか。 
このように、声に出すことによって自ら再確認する効果の可能性が考えられます。

次に「区切る」を考えます。
区切るとは、食べている状態を切る=食事は終わりということです。
これは、いただきます= 食事の開始を意味し、ごちそうさま=食事の終わりを意味するということです。
ここである人のエピソードを紹介します。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

半信半疑で聞いたことを実行し始めたある日のこと。
いつものように食事に続いてお菓子を食べようとした時、突然、その人の脳裏に
「あ、そうだ、私はもう『ごちそうさま』と言ったんだ」と蘇ったと同時に伸ばした手を反射的に引っ込めたそうです。
この時、その人は半信半疑の気持ちが納得に換わったと語りました。
それからは、以前に増して、かみしめるように毎回大きな声で
『いただきます』と『ごちそうさま』と言うようにしているとのことです。 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

毎回このように手が引っ込められるとは限りません。
ですが、毎回言葉に出して言うことで、「食事をしている自分」と「食事を終えた自分」をしっかり区切ることがその結果として体重減少という現象をもたらすのだと考えます。

以上のように、言語が身体に大きな影響を及ぼす好例を紹介しました。
まず「言語(言葉)ありき」
その言語をどのように決め、使うかによってその結果が違ってくると考えます。

Twitterでも日々つぶやいています。https://twitter.com/rakuhomanami
興味を持たれた方はシニフィアン研究所のHPも参照ください。http://signifiant-lab.com/

【2015/02/12 15:59 】 | 家族 | 有り難いご意見(0)
388)楽にいきましょう

シニフィアン研究所(埼玉県上尾市&和歌山県和歌山市)の真道満喜(しんどうまき)です。
精神分析という対話療法で自己(無意識)を知り、必要に応じて書き換えませんか。
そうすれば、不安は安心に変わり、生きる希望が湧き、しあわせ入れ放題・つかみ放題だと実感することでしょう。

今日は、「楽にいきましょうについて書きたいと思います。

『楽』の文字を何と読みますか?
「ラク」「ガク」「タノシイ」「タノシム」、漢字源によると「カナデル」「ササ」「モト」「ヨシ」 とも読めるそうです。

それはさておき、『楽』はラクであり、タノシイでもあると考えてみます。
すると、楽なことは楽しいことなります。
人生を楽しみたいのなら、楽なことをすればいい。
楽すれば人生は楽しい≫ 
シンプルで、簡単に思われます。 

ところが、
「そんなことしたらダメだ」
「そんなことは世間では通用しない」との声が聞こえてくるという人がいます。
自分よりも相手のことをまず考えて、相手が喜ぶように行動する人。
時には自らすすんで苦を引き受け、それを克服してこそ素晴らしい人生だと自負する人もいます。
そのような人を強い人、あるいは人格者と呼ぶのかもしれません。
そんな人をお手本にしなさいと見聞きした記憶があるかもしれません。
そのような生き方の向こうに充実した人生が待っていると語る人もいるでしょう。

十人十色の生き方があって、それぞれがその人にとっての生き方。
それについて肯定も否定もしません。
ただここではもっとシンプルに言いたいと思います。

『楽にいき(生き、行き、活き、良き、息、好き、意気、往き、逝き)ましょう』
こんな人生もまた楽しからずやではないでしょうか?

もし何かを背負っていると思う人がいたなら、そろそろ下してみませんか。
そして、これから楽にいきませんか。 

シニフィアン研究所ではそんなことをしています。
HPはこちらです。http://signifiant-lab.com/ 
Twitterでは毎日つぶやいています。https://twitter.com/sindoumaki

【2014/07/30 11:42 】 | 家族 | 有り難いご意見(0)
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