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【2018/08/16 17:07 】 |
444) 心を豊かにする方法

整心療法研究所(埼玉県上尾市・大阪市・和歌山市)のブログへようこそ。
従来型の精神分析(無意識を意識化する)を凌駕し、新しい視点から人間の精神にアプローチする方法を研究中です。

今日は≪心を豊かにする方法≫について書きます。

心が豊かになるとは、自分と対象がナルシシズムの関係の中にいること。
このように表現できると考えます。
自分と対象の間に何も介在しないこと。
自分にとって対象が自分の思う通りになる対象であること。
つまり、対象が自分を否定しないこと。
対象が自分の理想を映す鏡の役割をしてくれる関係のことです。

対象が言葉を持っていなければ、自分を否定することはありません。
動物を飼育する人が増えているのも、その現れだといえるかもしれません。
自分を必要とし、可愛がればそれに応えてくれる 存在。
そして何より「ダメ」と言わない存在。
自然も然り。
ただ存在しているだけ。
だから心が癒されると感じるのでしょう。

心が疲れたら、自然の中に身を置いてみましょう。
そして、言葉が恋しくなったら肯定してくれる人に遇いに行きましょう。
そうすれば、心が豊かになることでしょう。 

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【2017/02/17 15:39 】 | 生き方 | 有り難いご意見(0)
442)心を癒す方法

整心科学研究所(埼玉県上尾市・大阪市・和歌山市)のブログへようこそ。
従来型の精神分析(無意識を意識化する)を凌駕し、新しい視点から人間の精神にアプローチする方法を研究中です。

今日は≪心を癒す方法≫について書きます。

心が疲れ、それが持続し、その人の限界を超えた時。
そんな時、わたしたちの体は自分を守るための機能(自己治癒力)を発動するといわれます。
その表現方法は人それぞれ、同じ人でもその状況により 変化します。
あらゆる手段を使って元の状態へと戻そうとするようです。
それが表面的に不都合なことでも、その人にとってその時その方法が最善だった。
その視点からみる時、「人は皆、自分を癒す方法を知っている」と考えられます。

では、どのようにすればよいのか。
結論からいうと、今のところ具体的な方法は解りません。
ただ、ある何かがきっかけとなって自ら癒す方法に気づき、治癒に至ることもまれではないようです。
ある何かとは、音や匂いや味、ある状況、ある言葉だったりする。
不思議なことに、本人もなぜだか解らないと言います。
それはおそらく、日々の喧噪のなかで隠されてしまっているのではないでしょうか。
それがある何かをきっかけに湧き上がってくる。

もしそれを整心療法家が意図的に用意できるとしたら、今よりもっと気楽に癒すことができるのではないか。
そのように考え、研究、トレーニングをしています。

Twitter https://twitter.com/rakuhomanami

HP  http://signifiant-lab.com/

【2017/01/07 16:12 】 | 生き方 | 有り難いご意見(0)
409)生きる目標―受身から能動へ

シニフィアン研究所(埼玉県上尾市&和歌山県和歌山市)の楽歩愛真です。
なぜ、どうしてとの疑問を持ち、納得のできる答えを知りたいと考えている人にとって、精神分析という対話療法は有効な方法です。

今日は、「生きる目標―受身から能動へ」 について書きます。

生きる目標をどのように持てばよいのかとの質問を受けたことがあります。
その一つの指標として「受身から能動へ切り換える」の視点から考えてみます。

人はすべて受身から始まります。
生命を維持することさえ他者の手に委ねるしかないような受身の存在。
自分という存在を意識する前にまず存在している、生きている。 
この世に誕生することから始まり、ある年齢までは自らの意志で開始したことはないと言っても過言ではないでしょう。

最初はただただ周りの大人たちから言葉で話しかけられる受身の日々の連続です。
そしていつしかそれらの言葉を取り入れ真似し、自ら言葉を発する瞬間がやってきます。
この時が受身から能動へと切り換えた瞬間、つまり言葉を浴びせかけられるだけの受身から自ら言葉を発する能動へと切り換えた瞬間です。
大袈裟にいうなら人間社会に参入した瞬間です。

以後そうすることを周りから認められ称賛されたなら、より能動的に周りに言葉で働きかけることを加速させます。
この体験の積み重ねが後に積極的に能動的に関わることを自ら肯定できる礎になると考えます。
体を動かして世話を受けるだけの受身から言葉を使って自らの意志を伝える能動を学習していく。
この言葉を使うという能動性を持つことが、ひいては生きる目標を持つことに繋がるのではないでしょうか。

生きる目標を持つとは何よりも自らが社会の中でどのように生きるかを言語化することだと考えます。
成長に応じた意志伝達を言葉で行うこと。
そのことが受身から能動への切り替えの第一歩であり、その蓄積がその人の生きる目標へと繋がると言いたいのです。
なぜなら目標は持つものであって、決して他者から与えられるものではないと考えるからです。 

「人間講座―象徴世界に生きる」と題して講座を開講しています。
興味を持たれた方はシニフィアン研究所のHPを参照ください。http://signifiant-lab.com/
日々の気付きはTwitterでつぶやいています。https://twitter.com/rakuhomanami

【2015/04/02 12:07 】 | 生き方 | 有り難いご意見(0)
392)自己愛の外に出る

シニフィアン研究所(埼玉県上尾市&和歌山県和歌山市)の真道満喜(しんどうまき)です。
精神分析という対話療法で自己(無意識)を知り、必要に応じて書き換えませんか。
そうすれば、不安は安心に変わり、生きる希望が湧き、しあわせ入れ放題・つかみ放題だと実感することでしょう。

今日は、「自己愛の外に出る」について書きます。

「人は自己愛の傷つきを命がけで守る」
これは一つの真理です。
何よりも人は自己愛を傷つけられることを恐れます。
それを人は「心が傷ついた」「自尊心が傷つけられた」「名誉棄損で訴える」などと表現します。
自己愛を育てられた人は、自分の存在を肯定し、世界は生きる価値(意味)があり、自信を持ちます。
ですから、子育てにおいて、自己愛を育てることはとても大切なことです。
ここまでは、以前にも書いたことがあります。
今日はそれ以後のことを考えたいと思います。 

自己愛を持った人のその後を考えてみたいと思います。
それは自己愛の外に出る という視点です。
このような表現が許されるとしたら、獲得した自己愛を捨てることです。
捨てるとは、持たない、つまり、自己愛という概念を持たないということです。
簡単にいうと「自己愛なんかどうでもいい」です。

自分に何らかの価値(意味)があるとかないとか、自信があるなしには一切関わらない。
ただ自分固有の楽しさと喜びと満足(=享楽)があるだけ。
それに価値も意味もその他の何ものも見い出さないこと。
あえていうなら、ただ楽しい、ただ嬉しい、ただそれだけ。

とてもシンプルです。
そんな視点を紹介してみました。

今日から7日まで関西へ出張します。
詳しくはHPをご覧ください。http://signifiant-lab.com/

【2014/08/04 17:55 】 | 生き方 | 有り難いご意見(0)
391)素直に生きる

シニフィアン研究所(埼玉県上尾市&和歌山県和歌山市)の真道満喜(しんどうまき)です。
精神分析という対話療法で自己(無意識)を知り、必要に応じて書き換えませんか。
そうすれば、不安は安心に変わり、生きる希望が湧き、しあわせ入れ放題・つかみ放題だと実感することでしょう。

今日は、「素直に生きる」について書きたいと思います。

この文章に主語と目的語を加えるとしたらどんな文章にしますか。
ここでは『私は私の気持ちに素直に生きる』を考えてみます。

実際にあった会話を紹介します。

______________________________________________________________________________________

1)子ども「今日は学校へ行かない」
母「どうして?」
子ども「だって行きたくないから」 

この会話の続きを考えてみましょう。
どんな文章が浮かぶでしょうか。
その文章はあなた自身が言われてきた文章ではありませんか。

数年後の会話も紹介します。

2)子ども「そのうち電話が来るから」
母「え、どこから?」
子ども「〇〇会社から」
母「どういうこと?」
子ども「さっき面接を受けてきたから」

3)子ども「東京へ行くから」
母「え、いつ決めたの?」
子ども「今さっき」

____________________________________________________________________________

この子どもがどのように成長していったか、その母がどのように対応したかは想像できることでしょう。
子どもは、その時の自分の気持ちに素直に表現し、行動しました。
そしてその母も、想像できるであろう世間の風評を一切遮断し、子どもの素直な気持ちを受け容れ続けました。
その結果、多少の時間はかかりましたが、その子どもは自らの意志で決定し、社会の中に参入しました。
もちろん、今も自分の気持ちに素直にしつつ生きているそうです。

多くの子どもは親からの一方的な欲望を押し付けられ、自分の素直な気持ちを無視、あるいは排除されているのを知りました。
その環境の中で生きざるを得ない子どもは、自分の未来をどのように描くでしょうか。
人は自分が受けた辛苦の想いは、いつか必ずその相手に同じ想いを味わわせたいと願うことでしょう。
それを『復讐』と呼びます。
一方、自分が受けた喜びは、いつかお返ししたいと切望するでしょう。
これを『感謝』あるいは『恩に報いる』といいます。

どちらもいつか与えた人に返ってくるのです。
その悲しい最近の一例が佐世保の同級生殺害事件ではないでしょうか。

自分の気持ちに素直に生きられたらどんなに楽だろう。でもそんなことできない。そんなこと親が、社会が許してくれない。
そのように考えていませんか。 
できないのではなく、やろうとしないのでは?
「できます」
あえてこう言いたいと思います。
自分の人生の主役は自分です。
いうまでもなく知っているでしょう。
知っていることと、やることは別のこと。
知っているなら、したいと思うならやりましょう。
「いつやるか?今でしょ!」
この言葉が流行語大賞(正確には今でしょ!)を獲得しました。
まず実行しましょう。
そこから新たな世界が動き始めるのではないでしょうか。 

ここで紹介した子どもの例はHPでも紹介しています。
「思春期の悩み-引きこもり・暴力・摂食障害・リストカット」http://signifiant-lab.com/eatingdisorder/

 

【2014/08/03 10:45 】 | 生き方 | 有り難いご意見(0)
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