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男女平等、男女共生参画、男女雇用均等などと共に
育児も夫婦で分担する そして「主夫」「夫にも育児休暇」など 様々な変化が出てきている これらに対する是非を云々するつもりは、まったくない 「主夫」する男性について 精神分析的な観点から考えてみたい 「主夫」とは、女性(妻)がするものだとされてきた 食事・洗濯・掃除などの「家事」そして「育児」 これらを担当する夫のことだと規定される 「家事」「育児」は女性=妻=母がするもの これが従来の圧倒的な役割だった つまり 「「家事」「育児」は、母がするもの それを夫がする ということは 母の役割を夫がしていることになる 【夫=母】 という図式になる 夫は母になったということを意味する これは「母への同一化」と呼べる この観点からどのようなことが見えてくるだろうか? 母が自分が描くような母ではなかった だから母の良いイメージを取り入れ(内在化)できなかった それゆえ 自分が母の立場に立って、 自分がしてもらいたかったように世話をする この視点から 「世話好きな非常に優しい夫」 「何でもよく気がつく夫」 「料理や育児が上手な夫」 これらの姿が浮かんでくる すべての「主夫」がこのようだとは言うつもりは無いが この傾向にあることが伺われる 一方 このような「主夫」の妻は 男勝りで、活発、負けず嫌いで、何事にもチャレンジ精神旺盛 いわゆる「やり手」な女性 そんな姿が想像される 性差が平板化してゆく一端には このような「主夫」も垣間見える気がする 興味をもたれた方は、こちらも参照ください 「女たちよ賢明であれ!」 http://signifiant-lab.com/woman/ PR |
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