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219)罪責感 その2
シニフィアン研究所(埼玉県上尾市)の迎意 愛(むかい あい)です。
精神分析で心身の悩み相談をしています。
 
今日は「罪責感 その2」について書きます。
前回の「罪責感」は解らないとのご意見がありましたので、
今回はその2として書いてみたいと思います。

まず、罪責感とは何でしょうか?
「見る(監視する)自分」と「見られる(監視される)自分」との葛藤から生まれると言われます。
誰にも「良心」があるとされます。
これが「見る自分」=「監視する自分」です。
そして、その「見る自分」に「見られるもう一人の自分」がいますよね。
この二つの自分が葛藤したとき、緊張が生まれ
それが「罪責感」だというのです。

この「罪責感」は元々あったのでしょうか?
ないとされています。
では、いつ生まれるのでしょうか?
「親の禁止」がその最初だとされます。
日々の体験の中で、
親からの「ダメ」を子どもは自分の中に取り入れます。
「禁止」とそれを守ることで「誉められる」
その体験が、より一層子どもの心に「監視する自分」を発達させます。

これらの上に、
「しつけ」や「決まり」「秩序」「法」などが幾重にも重なっていくとされます。
これが、基準となって「良心」「道徳心」あるいは「常識」などを持つことになるのです。
この観点から
周りの大人たちがいかに「しつける」かが大きく影響すると考えられます。
厳しく躾けすぎると「恥」「怯え」を学んで、
人の眼を気にしすぎるかもしれないし
躾がされないと、決まりや法を守らない可能性があります。
このように考えていくと
「罪責感」は人間の心の中の葛藤であり、
自分で自分を律するためにも、社会の中で生きていく上で必要なものだと言えるでしょう。
反面、あまりにも強すぎると
人の行動や性格に厳しく制限を与え、萎縮させてしまう可能性もあるでしょう。

罪意識の重圧に潰されてしまう恐怖から逃れる方法を、持っている必要があるのかもしれません。
時には、体を使って吐き出す必要があるでしょう。
スポーツをしたり、絶叫マシーンに乗って叫んだり、
お神輿を担いで暴れたりするのも、その一つでしょう。
そうすると
ゲームなどバーチャルの世界に没頭するのも
現実世界で吐き出す方法が見出せないからだと考えられないでしょうか?
また、大人になって
お酒やセックスに溺れると、依存症になる可能性がありますから
注意が必要です。
反対に、「罪責感」をうまくコントロールできない場合
前回にも書いたように
他者から「罰」を与えられることによって、自分を律する方法を選択する場合がある
それが、自ら苦難を選択したり
時には犯罪という方法で、法によって自らを処罰する可能性も考えられるのです。

また、難しくなりました。
「罪責感」は必須でありながら、
時には、
人を思ってもいない行動にまで追いやる可能性があることを書きたかったのです。
ご意見・ご感想はシニフィアン研究所までどうぞ
http://signifiant-lab.com/
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【2012/06/13 13:19 】 | 子育て | 有り難いご意見(0)
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