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【2025/09/18 06:41 】 |
235)子どもの欲望に限界はあるのか?
シニフィアン研究所(埼玉県上尾市)の迎意 愛(むかい あい)です。
精神分析という対話療法で心身の悩み相談をしています。
 
今日は「子どもの欲望に限界はあるのか?」について考えてみたいと思います。
 
子どもは、興味を持ったら何でも欲しがります。
それに全部与えていたら、際限がないと思いますよね。
その通り、
子どもの欲望には限りはありません。
すぐに飽きてしまうことが多いのに、
なぜ子どもはそれほどまでに欲しがるのでしょうか?
少し回り道をしてみましょう。
 
子育ての悩みを抱えたお母さんたちにお会いする機会が結構あります。
そのお母さんたちに、まず、「オールOK」の大切さをお話します。
「オールOK」とは親側の要求は出さず、まずありのままの子どもを受け容れることです。
こう言うと、大抵のお母さんはビックリさせることでしょう。
「わがまま、気ままになりませんか?」
「そんなことしていたら際限なく言って困ります」
これも、当然のことです。(詳しくはhttp://signifiant-lab.com/raise/を参照ください)
だったら、なぜオールOKをしなければならないのでしょう。
 
子どもはオールOKの体験をすることで、
「受け容れられている」「認められている」→「必要とされている」「愛されている」
→「基本的信頼」を学ぶといわれているからです。
赤ちゃんは笑ったらもちろん、泣いても、寝てても無条件可愛いと思いませんか?
このような「無条件可愛い」と受け入れられる体験が「オールOKの体験」なのです。
 
この体験をした子どもは、基本的信頼を獲得すると言われています。
基本的信頼とは、乳幼児期(0ヶ月~18ヶ月くらい)に獲得されるとされる用語です。
自分は存在しても良いと思える、他者も同じように存在してよいと思えること、
このような理解でよいと思います。
つまり、この基本的信頼の獲得がなされなかったなら
後に、対人関係やアイデンティティーの確立に影響が出るだろうとされています。
 
少し難しい話となりましたが、何を言いたいかというと、
子どもの欲望を満たしてあげることが、基本的信頼を獲得する上で必須だということです。
それが自信となり、困難に直面しても乗り越えていく原動力の一つとなるでしょう。
つまり、社会の中で生きやすくなる基と言われています。
ここから
子どもの欲望には限りはありませんが、
無条件満たしてあげることが大切なことであるといわれるのです。
 
ここまで読まれて、困ったと感じた方が多いのではないでしょうか?
どうすればいいの?
そんなの無理と思っていませんか?
だいじょうぶです。
必ず止まります。
次回、書きたいと思います。
 
子育て教室をしています。
こちらをどうぞ。http://signifiant-lab.com/#10
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【2012/07/03 10:08 】 | 子育て | 有り難いご意見(0)
234)欲しいものがない、興味がない
シニフィアン研究所(埼玉県上尾市)の迎意 愛(むかい あい)です。
精神分析という対話療法で心身の悩み相談をしています。
 
今日は「興味がない、欲しいものがない」について考えてみたいと思います。
 
前回、飽きっぽい・長続きしないのは、性格ではなく、手に入れたいものがないと書きました。
「手に入れたいものがない」とは一体どいうことでしょう。
どのような場合に、そう思うでしょうか。
1)すでに手に入れてしまっている
2)興味がない
3)何らかのメリットがあると思わないetc
 
ここで、2)について考えてみましょう。
興味がないとはどういうことでしょう。
興味がないなら、持てばいいじゃないの、と考えますが
興味のないこと(もの)に、どのようにして興味を持たせればよいのでしょうか。
欲しいと思わないものを、どのようにすれば欲しいと思うでしょうか。
3)の逆、何らかのメリットがあると思えばどうでしょうか。
何らかのメリットがある=自分にとって「快(喜び)」と考えてみます。
この「快(喜び)」は、体験することで得られるものだと思います。
そして、この「快(喜び)」を体験すれば、
もっとやりたい、もっと欲しいと人は求めるでしょう。
 
つまり
「興味がない、欲しいものがない」のは
「快(喜び」を体験していないからだと言えるのではないでしょうか?
違う言葉でいうと、
楽しいと思う体験をすれば、興味を持ち欲しいと思うでしょう。
興味を持ち、欲しいと思うことは、行動へと繋がります。
楽しい体験をしましょう。
そうすれば、その中から一番楽しいと思えることに興味を持ち
「あの時の、あの楽しさをもう一度、味わいたい」と
それを手に入れるために、行動することでしょう。
これが、前回紹介した、人型ロボット作りの例ではないでしょうか。
 
今、一番楽しいことは何ですか?
それは何よりも手に入れたいと思うことではないですか?
 
次回は、「子どもの欲望に限界はあるのか?」について考えたいと思います。
 
シニフィアン研究所では、心の研究をしています。
人はなぜ心を病むのか?心と身体はどのように関係しているのか?
これらの勉強会もしています。
興味をもたれた方は、こちらを参照ください。
 
【2012/07/02 23:43 】 | 子育て | 有り難いご意見(0)
233)飽きっぽい、長続きしないのはなぜ?
シニフィアン研究所(埼玉県上尾市)の迎意 愛(むかい あい)です。
精神分析という対話療法で心身の悩み相談をしています。
 
今日は「飽きっぽい・長続きしない」について書きたいと思います。
 
6月29日付のヤフーニュースで見つけた記事です。
タイトルは「なぜ、日本の研究者は人型ロボットを作るのか」
その中で、早稲田大学の高西淳夫教授が答えていた。
「人型ロボット研究の最大の問題、あるいは宿命というのは、『人という明確な目標がある』ということです。(中略)ロボットに人のまねをさせようとすればするほど、永遠にゴールに行きつけないと痛感します。そのために、やめられなくなってしまいます。」
 
「永遠にゴールに行きつけない」「そのために、やめられなくなってしまいます」
これらの言葉を中心に、考えてみたいと思います。
少し変形して、
「永遠に手に入らないから、やめられない(興味を持ち続ける)」としてみましょう。
とすると、逆にいうと
「すぐに手に入れば、やめてしまう(興味を持たなくなる)」となります。
つまり
人は、簡単に手に入るものは、すぐにやめてしまいますが、
永遠に手に入らないものは、やめられない(興味を持ち続ける)
と言えることになります。
 
少し古い表現になりますが、
「高嶺の花」という言葉があります。
ご存知でしょうか?
≪遠くから見るだけで、手に入れることのできないもの、あこがれるだけで、自分にはほど遠いもののたとえ≫ 
のことです。
今風に言うと「追っかけ」が近いでしょうか。
「大好き」と言いますが、
「永遠に手に入らない理想の姿」と思っているのではないでしょうか?
 
ここから
すぐにやめてしまう人、飽きっぽい人は
「永遠に手に入らないものを持っていない」ということになるのではないでしょうか?
長続きしないのは、性格ではなくて
「やめられない」と思えるものがないからではないでしょうか?
言葉を変えると
「興味をもつものがない」→「手に入らないものがない」→「手に入れたいものがない」
 
では、なぜ手に入れたいものがないのでしょうか?
次回は、このことについて考えてみたいと思います。
 
シニフィアン研究所では、このような方の相談もしています。
こちらを参照ください。http://signifiant-lab.com/
 
【2012/06/30 10:15 】 | 未選択 | 有り難いご意見(0)
232)橋下市長「大阪独自の脱法ハーブ規制始める」
シニフィアン研究所(埼玉県上尾市)の迎意 愛(むかい あい)です。
精神分析という対話療法で心身の悩み相談をしています。
 
今日は「酩酊と夢中」について書きたいと思います。
 
最近、メディアで「脱法ハーブ」の報道が目立つようになりました。
いくつか検索してみました。
運転中「脱法ハーブ吸った」 2人はねた容疑、男逮捕
脱法ハーブ影響と判断 伏見の人身事故で地検
脱法ハーブ吸引:医師戒告、看護師は訓戒 県立病院機構処分、病院長ら3人厳重注意 /山梨
<大阪知事>脱法ハーブ規制、9月議会に提案へ
橋下市長「大阪独自の脱法ハーブ規制始める」
枚挙に暇がないくらいです。
特に、運転中の事故が増え、街中で誰もが簡単に手に入ることもあり、
東京都初め、大阪市の橋下市長も動き始めたようです。
「脱法ハーブ」に関する是非はともあれ、
今日はこの「酩酊と夢中」について書いてみたいと思います。
 
酩酊は、「ひどく酒に酔うこと」
夢中は、「夢の中・自覚を失うこと・物事に熱中して我を忘れること」
と辞書にあります。
意識がなくなったり、飛んだり、覚えていないという状態になるということでは
アルコールで酩酊することも、
何かに夢中になって我を忘れるのも、
失神するのも同じではないかと思います。
 
では、どうしてこのようなことをするのでしょう?
それは
心の緊張が高まったとき、
人は何らかの方法で、その緊張を緩和(開放・放出)することが必要だからです。
でないと、心が悲鳴をあげてしまうでしょう。
 
そこで、
スポーツや応援やライブ、アルコールでの盛り上がりなど様々な方法が用意されています。
(少々、後にその余韻を残すかもしれませんが)
状況に合わせて切り替えができる限り、有効な方法でしょう。
この時期だと大人は「ビアガーデンや居酒屋で盛り上がろう」
と、発散するのではないでしょうか?
酩酊・夢中になっている間だけは、そのことを忘れていられる、考えなくてもよい
自分では制御できない何かから逃れられる。
アルコールなどの力を借りて、騒いだり、泣いたり、大声をあげたり、歌ったり、
その勢いで眠ったりする。
このようにして、心の緊張を緩和しようとするのです。
 
ところが、過度の飲酒や薬物や脱法ハーブなどは
本人はもちろん、
他者をも巻き込んだ迷惑行為となる可能性が高いのは言うまでもないことです。
このような方法をとってしまうのは
「これしか知らない」からではないでしょうか?
 
スポーツやお祭りなどで発散する方法もありますが、
それらは、ある制約(ルール)が必ずあります。
その制約の中で許される事柄です。
そこで
・「制約を守る」のがめんどうくさい
・勝手気ままに発散したい
となり、手っ取り早くできる方法として「酩酊」を選んでしまうのではないでしょうか?
これらは、幼児性を表現する言語でもあります。
ここから、
「めんどうくさい」「勝手気ままにしたい」との行動が過剰な場合
その時、幼児の心の状態にあるといえるのではないでしょうか?
このように考えていくと
「酩酊」や「夢中」になっている時は幼児の状態に戻っている
そのように思えるのです。
 
時には、人は幼児の状態に戻って、開放することによって
自分を取り戻す必要があると思います。
その方法の一つが、「何かに夢中になる」ことだと思うのです。
「酩酊」はその手段を選ぶ必要があることは当然でしょう。
「夢中」を選ぶか「酩酊」を選ぶかは
幼少期の緊張の緩和の方向付け(ルールがあることの自覚)が
少なからず影響していると思われます。
このことについては、次回にしたいと思います。
 
シニフィアン研究所のサブサイトhttp://signifiant-lab.com/eatingdisorder/も参照ください。
【2012/06/29 11:29 】 | 事件・事故・ニュース | 有り難いご意見(0)
231)怒りのゆくえ-解消法

シニフィアン研究所(埼玉県上尾市)の迎意 愛(むかい あい)です。
精神分析という対話療法で心身の悩み相談をしています。
 
今日は「怒りのゆくえ―解消法」について書きたいと思います。
 
前回、「怒りの基は求めても得られない母の愛」だと書きました。
もう少し、説明が必要だと思いますので、
補足をしてから本題に入りましょう。
 
「求めても得られない母の愛」とは、具体的に
子どもがお母さんに「~して欲しい」と言った時に、
すぐに、して欲しいことをしてもらえない、ということです。
「ダメ」はもちろんのこと、
「後でね」「もうちょっと待ってね」「それよりもこれにしようね」も同じことです。
このように考えていくと
まず、殆どの子どもはしてもらっていません。
つまり
ほとんどすべての子どもは、何らかの怒りを持っていることになります。
 
では、この「怒り」はどうなるのでしょうか?
怒りのゆくえ―解消法」です。
怒りが溜まれば、いつかどこかで吐き出さなければならなくなります。
はけ口が必要となります。
怒りは「攻撃心」にも置き換えられます。
怒りの解消法は色々ありますが、いくつか挙げてみましょう。
 
まず、合法的(健全)な解消法から紹介します。
 
遊びやスポーツや仕事で解消する
1)公園や広場で体を思いっきり動かして遊ぶ
2)水泳、武道、サッカー・野球などスポーツをする
3)大声を出す仕事、肉体を使った仕事、重機を使った解体業などに就く
4)おみこしを担いだり、お祭り騒ぎをする
 
もし、何らかの事情で
合法的な解消法が取れなかった場合
1)大声で叫ぶ、泣く、暴れる―衝動的・発作的方法
 小さい子どもが一番取りやすい方法です。
 これが大きくなると、いじめ・非行・暴力・暴走・殺人などの犯罪へと繋がる可能性があります。
 
2)病気やけがをする―疾病利得・転換
 一見、理解しにくいかもしれませんが、 怒りを相手から自分へと向け換える方法です。
 「お母さんが愛を与えてくれないのは、自分が悪いからだ」と自分を責める方向です。
 これは、抑うつや自傷(リストカット)うつへと向かいやすい方向です。
 
3)引きこもり、寝る、食べる、アルコールなどで意識低下をする
 この場合の引きこもりは、外に出ると誰かを傷つけるかもしれないから人に会わないための方法です。
 ストレスが溜まると、寝たり、ヤケ食いしたり、お酒で紛らわせるのは、
 一般的によく使われる方法ですが、過剰となる場合は依存症にまで発展する可能性があります。
 (最近は、若い女性のアルコール依存症が増えているとのことです)
 
代表的な方法を書きましたが、
怒りを持つことが問題ではなく(すべての人が持っているもの)、
その怒りを発散する方法が問題なのだということになります。
一番手っ取り早い方法は、スポーツなどで体を使って発散する方法でしょう。
その時々の、自分(子ども)に合った方法で大いに発散しましょう。
このように考えると
日本の伝統行事であるお祭りでの神輿担ぎなどは
若者の溜まった怒り(攻撃心)を、一年に一度、
思いっきり発散する一つの機会として継承されてきたものかもしれませんね。
 
ともあれ、
年齢と環境に応じた「怒り」の発散方法を持っていることが
精神的にも、社会に適応する意味においても
大切なことではないでしょうか?
 
次回は、今回と関連があると思われる「脱法ハーブ」を考えたいと思います。
 
シニフィアン研究所のHPも参照ください。http://signifiant-lab.com/
サブサイト「摂食障害・リストカット」もあります。http://signifiant-lab.com/eatingdisorder/
【2012/06/28 10:58 】 | 子育て | 有り難いご意見(0)
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