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【2017/10/20 01:09 】 |
甘えるとは?-大人の会話とは?
甘える」とは?

辞書には「慣れ親しんでこびる、人の親切・好意を遠慮なく受け入れる」
などと書かれている
ここでは
相手の情に訴え、操作すること」と定義したい
なぜなら、日本の場合にはこの傾向が強いように見受けられるからだ

例えば
家族とか恋人とか、友達など親しい人に買い物を頼む場合

 A「買い物に行ってきてくれない?」
 B「今コレをしてるし、後で仕事もしないといけないし、
  頼まれた○○もしないといけないし、することがいっぱいで疲れてるのよ。
  だから、買い物に行ってくれない?」
 C「いつも私が買い物行ってるから、今日はあなたが行ってきてよ」
 D「買い物行ってきて!」

どの言い方に近いだろうか?

Aは、端的に言いたいことを伝えている
Bは、「自分がなぜ頼むのか」の事情を説明してから頼んでいる
Cは、押し付けているように感じる
Dは、命令口調で言っている

BとCの言い方を考えてみよう
これは「甘えている」(特に、Bの言い方の場合に顕著)と言えないだろうか?
まず、自分が買い物に行けない理由を並べ立てている
これは、
「このように説明すればきっと相手が納得してくれるだろう」
「それなら仕方ないなと思ってくれるだろう」
と、相手の同情など「」に訴えようとしている
また
相手の「嫌だ、NO!」を封じ込めようとする意図が感じられないだろうか?

可能な限り、相手を「良いよ、YES」と言わせる状況に追い詰めている
意識的に、あるいは無意識的に相手を操作している

このように追い詰められた場合
どれだけの人が「NO!」と言えるだろうか?
特に、上下の関係性がある場合には
なかなか難しいと思える
このような会話の根底にあるのは「甘える」であろう
情に訴えて、相手を自分の思うように操作する
情と情の絡み合い
これが日常の会話のあちこちに見られるのではないだろうか?

なぜ、このような会話になるのだろう?
情に訴えない(甘えのない)理性的な会話をするにはどうしたら良いだろうか?
それは
自他の区別をしっかり持つこと
『私はこのように考える。
 それに対してあなたが「YES」と答えようと
 「NO」と答えようとそれはアナタの自由だ』と認識すること
これは
フレデリック・S・パールズの「ゲシュタルトの祈り」に通じる
この観点をもって会話したなら
「情」に訴えるのではなく、
まずは一番に自分の考えを、端的に相手に伝えるだろう
これが「甘えと依存を断ち切った理性的な会話=大人の会話」と言う

会話はここから始まる
それでない場合は「情の絡み合い」となる可能性が高くなるだろう
大人の会話をしたいものだ
そうすれば
情でがんじがらめになった、
恨み・ねたみ・憎しみと無縁になるに違いない

あなたは常に情に訴える会話をしていませんか?

興味をもたれた方はシニフィアン研究所のHPを参照ください
http://signifiant-lab.com/
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【2012/04/26 18:35 】 | 子育て | 有り難いご意見(0)
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