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【2017/12/12 03:40 】 |
言葉の裏を読め!

「タバコ」と言ったら灰皿も持っていく
「おい」と言ったら、何を言いたいのかすぐに分かる
目を見ただけで何を欲しいのか分かる
「いいよ」と言ってるけど、本心は違う、遠慮している
あの人にあげたから、この人にもあげる
 
これらが「気の利いた良い子」だと言われ
「よく気がつく良い子」だと誉められ、これらが「気配り」だ
「相手の立場に立って考えること」だと教えられてきた人の何と多いことだろう。
 
これらは言葉をほとんど必要としない関係となる。
名前を呼んだり、「おい」とか「ちょっと」とか「あれ」「それ」など最低限の単語で事足りる。
家庭の中でこのようなことが日常となっていたなら
他者との対話は非常に難しいことと感じるだろう。
社会の中で自分の意志を相手に伝える為には、基本的にはきちんとした文章を必要とするからだ。
それに表情や声のトーンや仕草などを加味して
その言語の信憑性を確認する。
 
気を利かすことは、ややもすると人を言語のない世界へと陥れることにもなる。
これは言語をなし崩しにする方向とも言える。
言葉を代えれば、幼児期の母子関係への退行でもある。
「オギャー」との声に
養育者は「おっぱい」が欲しいと泣いている
「おむつが濡れて気持ち悪いんだ」
「眠たくてぐずっているんだ」
と読み解き、それに応じた対応をし、泣き止んだなら
「やっぱり、わたしの思った通りだ」と喜び安堵する。
まだ言葉を使えない乳幼児には必要なことでもある。
しかし、言葉を覚え、理解し、自ら使えるようになれば
その言葉を使って意志を伝え、また相手を理解するのが基本。
 
時には言葉で言わなくても理解してもらいたい時もあるだろう。
それをも否定するつもりはない。
しかし、自分の意志はきちんと言語を使って伝えるのが基本
それをあえて強調したい。
 
それは言語を信頼し、言語に従うことでもある。
そして、それは父なるものに従う=法(掟)を守る=規則に従う=素直になることと等価である。
誤解を恐れずに言えば、人間であることでもあると思う。
 
 
Φ シニフィアン研究所のHPはこちら   http://signifiant-lab.com/
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【2011/09/06 19:38 】 | 子育て | 有り難いご意見(0) | トラックバック(0)
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