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【2017/09/23 19:54 】 |
217)共感

シニフィアン研究所(埼玉県上尾市)の迎意 愛(むかい あい)です。
精神分析で心身の病・悩み相談をしています。

今日は「共感」について書きます。
共感は、子育てにおいてはもちろん、対人関係においても重要な事の一つです。
辞書によると
「他人の体験する感情や心的状態、あるいは人の主張等を、自分も同じように感じたり理解したりすること。同感」(広辞苑)
と書かれています。
精神分析的には
「情緒的側面を言語化し言い返すこと。感情の反射という。」
つまり、
共感とは相手の感情を言葉で返すこととなります。

例えば
子どもが花を発見したとき、
「わあ、きれいな花」と言ったら「ほんと、きれいな花ねえ」と言う
誰かに意地悪されて泣いていたら
「意地悪されて悲しいのね」と返す
無視されて怒っていたら
「無視されたので、悔しくて怒っているのね」と言葉で反射する
そして、
たいていの場合、それに応じた行動が付いてきます。
きれいな花を見つけたら、匂いを嗅いだり、手で触ったりするでしょう。
泣いていたら、抱きしめるかもしれません。
怒っていたら、同じように拳をふりあげるでしょう。

そのように共感してもらえたら
その人は、自分のことが理解された、解ってもらえた
と感じることでしょう。
逆に、共感してもらえなかった場合
解ってくれない、と感じ、
解ってもらうために、
何度も同じことを言ったり、泣いたり、怒ったりし続けることでしょう。
それが、
「しつこい子ども(人)」「泣き虫」「怒りんぼ」なのかもしれません。

また、「共感」してもらうことは、自分の感情や想いが相手の中に映されたとも言えるでしょう。
つまり、私が相手の心にそのまま映されたということ
言葉を換えていうと
私のありのままの姿が、相手の心の鏡に映っている、その自分の姿を見ているということになります。
このように考えてみると
「共感」してもらうこと=自分の姿を見る=自分を知る
ということになります。

しつこいかもしれませんが、
「共感」することは、鏡のように相手の姿を映すことであり
「共感」してもらうことは、自分を知ることでもある。
このような体験のことだと言えるのではないでしょうか?
子ども(人)は、今の自分を知りたくて、お母さん(人)に語りかけるのかもしれませんね。
そして、
自分が想像している姿を映し返してもらえたら安心し、お母さんから離れていける。
違っていたら不安になり、いつまでもお母さんにしがみついて離れられない。
という姿が見えてきます。

余談ですが、
精神分析は、言葉で等身大の姿を映し返します。
その結果、不安が安心に書き換えられるのです。
精神分析に興味をもたれた方は
シニフィアン研究所のHPを参照ください。http://signifiant-lab.com/
子育て相談もしています。http://signifiant-lab.com/#10

次回は「罪責感」について書きます。

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