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【2017/12/12 03:41 】 |
230)怒りの基は母の愛
シニフィアン研究所(埼玉県上尾市)の迎意 愛(むかい あい)です。
精神分析という対話療法で心身の悩み相談をしています。
 
今日は「怒りの基は母の愛」について書きたいと思います。
 
前回、お母さんが好きなものは子どもも好きになる、と書きました。
ところが、時には
「母が好きなものは、私は嫌いです」と言う人がいます。
なぜなのかを考えてみたいと思います。
 
具体的には、、本人に聞いてみないと分かりません。
でも、少なくとも、その人はお母さんが好きだとういうことは分かります。
ひょっとしたら、大好きかもしれません。
「好き」と「嫌い」は反対語です。
ということは、
好きと嫌いは、同じものの裏と表だと言えるでしょう。
なぜなら、その人に関心を持っていることに変わりはないからです。
関心があるから「好き」「嫌い」と感じるのです。
その証拠に、
関心のないものに対しては「好き」「嫌い」の判断はしないのではないでしょうか?
もし、言うとしたら
「どっちでもない」「どうでもいい」ではないでしょうか。
つまり
「好き」もしくは「嫌い」とはっきり言えるということは
そのものに対して「関心がある」と言っていることと同じだと言えるでしょう。
何となく分かっていただけましたでしょうか?
 
では、なぜ関心があるのに、「嫌い」と言うのでしょうか?
(やっと最初の問いかけに戻ってきました)
ある1つの例で考えてみましょう。
 
お母さんが、自分の好きなことをしていると仮定します。
当然、子どもよりもその事柄に関心が向き、集中しています。
そのことが、お母さんにとってNO.1の関心事になります。
子どもの視点から考えると、子どもはNO.2になります。
そうすると、子どもは、
「お母さんは、自分よりもその事の方が大切なんだ」と感じるのではないでしょうか。
そんな時、大抵の子どもは邪魔をします。
「ねえ、お母さん、遊ぼう」とか
「ぼく(わたし)もする」とか
それでも相手にしてくれなかったら
怒ったり、泣いたり、暴れたり、
時には、お母さんが関心をもっているものをメチャメチャにしたりするでしょう。
それでも聞いてくれなかったらどうするでしょう。
諦めます。
すると、お母さんはホッとします。
そして、安心してまた夢中になります。
 
このようなことが、あちこちで毎日のように繰り返されます。
お母さんが気付かなかったら永遠に続くことになります。
子どもの怒りはどうなるでしょうか?
子どもの悲しみや寂しさはどこへ?
考えてみてください。
このようにして、すべての子どもは
「怒り」を基にして「悲しさ」「寂しさ」も小さな胸に抱えるのです。
母の関心(愛)を与えられなかったことが、怒りの原点にあると思えるのです。
ここから
「怒り」の基は求めても得られなかった「母の愛」だと言いたいのです。
 
それらの蓄積が、例えば
「お母さんの好きなものは嫌い」となるのではないでしょうか。
蓄積された「怒り」「悲しさ」「寂しさ」は、一体どこへ行くのでしょうか?
これは、次回のテーマです。
 
関心を持たれた方は、シニフィアン研究所の
オールOK子育て法http://signifiant-lab.com/raise/
女たちよ賢明であれ!http://signifiant-lab.com/woman/
を参照ください。
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