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子どもにとっての父の機能、役割とは何か?
父は法、秩序、規則や物事の道理や掟を代表する存在であり
家族との関わりの中でそれを語り、皆を納得させられること
休日に家族サービスをするだけが父の役割ではない
何よりも語れること
自分なりの一貫した考えや生き方を語れること
「どうして?」
との問いかけに答えられること
その答えの正誤は二の次
「ふーん、お父さんはそう思っているんだ、考えているんだ」
と、言葉で伝えられることが要求される
子どもは遊びや日々の生活の中での語らいを通して父を知る
父は母と比べて、一般的に子どもとの接触の機会は少ない
ゆえに、「どんなお父さん?」
との問いになかなか答えられない子どもが多いようだ
「いつも居ない」
「休みの日は家でゴロゴロしてるかテレビかPCの前にいる」
「小さい頃はいつも遊んでくれた」
「存在感が薄い」
「たまに顔を合わせたら、勉強してるか?と言うくらい」
などなど・・・・・
「忙しいから、家の中のことは妻に任せている」とか
「休みの日は料理や買い物、子どもと遊ぶ」というパパもいる
しかし、どちらにしても
父の生き様や哲学など感じたと言う人は、どうも少ない気がする
父は一家の大黒柱だというのは死語ではない
金銭的な意味合いだけではなく、一家の基軸の機能を担う役目を求められる
父が家庭の中に社会性を持ち込む役割を担い
母はその父を認め、自らも従い、子どもにもそれを伝える
つまり父の言語に従うこと
このことが子どもが社会にスムーズに参入する基盤の一つとなる
その前提として「夫婦間の信頼と敬愛」が必要となるのは言うまでもない
父が家族の中で巧く機能するためには
母が賢明であることが必須となる
なぜなら
子どもはまずは父よりも母が一番好きなはずだから
その母が敬愛するのだからと父を敬愛する
父は主導権と自律性を持って語れる父であること
そして、母は賢明であること
お父さん、お母さん、もっと賢明になりましょう!
家族の幸せのために!!
シニフィアン研究所のHPはこちら http://signifiant-lab.com/
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突然ですが、 10月12日に埼玉県に引越します。 それに伴い、セラピールームも移転、和歌山市にも新設することになりました。 関西には毎月1回数日間、出張します。 これにより 関西だけでなく、関東方面へも活動範囲を益々広げるられることとなりました。 なお、関西、関東に限らず、交通費を負担いただければ 全国どこへでも出張します。 お気軽にご連絡、相談ください。 詳しくは シニフィアン研究所のHPをどうぞ http://signifiant-lab.com/ |
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過食、拒食、嘔吐、偏食など摂食障害と呼ばれる症状は
そのまま接触障害へとリンクする
食=母 という図式 あるいは、 食=性 という図式もある
これを繋ぐと「食=母=性」となる
乱暴な物言いかもしれないが
接触障害は摂食障害となり性障害へと連鎖する可能性が大きいと言える
最初の摂食と接触は乳幼児期から始まる
養育者(たいていは母)からの適切な授乳とおむつ交換などにおいて
不快を快へと変えてくれる体験をする
ところが、何らかの事情により不快がある一定の期間持続した場合
あるいは、それが一度であっても閾値を越えた場合
後に何らかの障害となって表現される可能性が高い
それが食に表現されたのが摂食障害といえる
皮膚に表現されたなら、敏感肌、乾燥肌、アトピー性皮膚炎などの皮膚疾患
行動化ならタトゥー、過剰な異性関係、性倒錯など
人により、状況により表現方法は多々ある
思春期には特に女性を中心として「食」に表現されやすい
拒食は母を拒み、過食は母の取り入れと一体化
取り入れ、一体化した母は嫌悪する母であるから、一気に嘔吐で吐き出す
それとスタイルを気にするという肥満と痩せが伴う
「肥満と痩せ」を「膨張と収縮」と捉えたなら
それは男性の象徴である器官を連想させる
ここから「性」とも関連してくる
ゆえに
摂食=摂食=性
という図式が浮かび上がってくる
ついでながら
接触ということから言えば
接触したい欲望を持つ人は「接触事故」を引き寄せる可能性が高くなる
摂食障害でお困りの方は
シニフィアン研究所までご相談ください http://signifiant-lab.com/
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生まれてしばらくの間は昼夜逆転するのが通常です。
日が経つにつれ、だんだん睡眠パターンが決まってきます。
また、医学的に何も問題がないにも関わらず、夜泣きが止まらない場合
以下のような事が考えられます。
1)お母さんに何か心配事や不満や不安なことがある場合
・夫婦間の問題がある(育児に協力してくれない、夫が単身赴任や長期出張でいない、浮気、借金など)
・親子間の葛藤や問題がある(嫁姑、自身親に対しての不満など)
・核家族で相談相手がいない
・近所つきあいでトラブルがある
・お母さん個人としての悩みがある
2)昼間、赤ちゃんにとっての刺激が多すぎることがある場合
・不連続な騒音など
3)お母さんの関心が希薄
・他の兄弟姉妹に関心があり赤ちゃんに向かない(兄弟姉妹の病気やけが、問題など)
・肉親に対する心配事がある
4)育児に対しての不安や葛藤
・お母さん自身の幼児期の葛藤の再燃
・過去にわが子を失った悲しい経験がある
5)お母さん自身が他者から注目されたい欲望がある
・夫の関心を自分に向けさせたい
・実母に解らせたい何かがある
他にもその要因となることが多々考えられますが、
赤ちゃんは誰よりも、我が母の精神状態をつぶさに映し出す傾向があるようです。
赤ちゃんの状態がそのまま育児をするお母さんの時々の心を反映しているといっても過言ではない
そう言えると感じます。
お母さんが安心して、日々を過ごせて幸せだと感じていたなら
赤ちゃんも安心
お母さんが不安になったら、赤ちゃんも不安を感じてしまう
それだけ母子の絆が強いと言えるのです
乱暴な言い方かもしれませんが、
「赤ちゃんが泣いているのは、お母さんが泣いているからだ」
と言えるのではないでしょうか?
育児で困っていることがある方は
シニフィアン研究所までお気軽に http://signifiant-lab.com/
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人は、母から生まれる。
他者が語らっている言語の中に生み落とされる。 自分を取り巻く周りの大人達が、その誕生を待ち望んで、様々に語らっていたであろう世界に! しかし、生まれてすぐには、その言語を理解することはおろか、 自分の生命自体も自分で維持できない「寄る辺なき存在」である。 世話してくれる存在を必要とする。 がゆえに、その世話してくれる存在が乳児にとって、大きな影響を与えるであろうことは難くない。 その世話する存在は、たいてい「母」その人である。 このとき、 「母はどのような眼差しで自分を見てくれたのだろう?」 「どのような気持ちでおっぱいを口に含ませてくれ たのだろう?」 「どのような想いで抱っこしてくれたのだろうか?」 知りたい!! それが、 「ぼくどうやってうまれてきたの?」 「赤ちゃんってどこから生まれてくるの?」 という、幼児の質問かもしれない。 こんな、自らの根源への問いをすべての人は、意識的にも無意識的にも心の内奥に持っているようだ。 例えば、 不登校や引き込もりの人たちも、何らかのきっかけでこの問に向きあっているのではないだろうか? 母の眼差しを知りたい方は シニフィアン研究所までご連絡ください http://signifiant-lab.com/ |
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