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【2025/09/19 13:26 】 |
寄り添うこと

多くの家族や恋人たちが、肩を並べ
肩を寄り添わせながらながら歩く

そんな光景が浮かんでくる人も多いことだろう

体を寄り添わせると言えば
たいていの人は、どのようにすることか解るだろう
では
気持ちを、心を寄り添わせる、寄り添うとは
どうすることだろうか?

「心を寄り添わせる」

相手は
きっと、このように思っているに違いない
きっと、こうしてもらいたいに違いない
などと、自分の思いや考えで行動することは
心を寄り添わせることではない
「相手の立場に立って考える」のではない
それは
自分の思いや考えを、相手に押し付けていることになりかねない
たまたま、そうだったなら良いが
そうでなかった場合
一転して、相手に対する怒りや不満や憎しみに変わる可能性がある

寄り添わせるとは
自分の思いや考えを捨て去ること
自分の心を更地にすること
「空」にすること
どれだけ自分を捨て去る事ができるかに係っている

そうすれば
きっと、相手の心が観えてくるだろう
「寄り添うこと」がどういうことか観えてくるだろう

興味をもたれた方は
シニフィアン研究所 むかいあいまでどうぞ
http://signifiant-lab.com/
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【2012/02/28 00:11 】 | 子育て | 有り難いご意見(0)
戦場の戦士
今や、子どもたちも戦場の戦士だ
そのように感じる
かつて
「男は一歩外に出れば、7人の敵がいる」
そのように言われた時代があった

それが今や
女性も子どもも社会と言う戦場で戦う戦士となった
大人はそれでも良いかもしれない

子どもはどうだろうか?
子ども時代から、大人世界に生きるのはどうだろう?
子どもは
わがままで、気ままで、大人の言う事は聞かない
自己中心的で、自分のことしか考えない
これが特徴ではないのか?

それが幼少期から
相手の事を考えることを強要される大人世界に参入する
塾だけでなく、数限りなくある「習い事」然り
メディア世界への進出は、すさまじいものがある

子ども時代に、子どもを堪能すること
つまり
わがまま、気まま放題を楽しむ時を持つこと
満足を味わう事
好きなことに没頭する体験をすること
たとえそれがゲームであっても良い
自己中と冒険の時間を持つこと

大人から見て「くだらない」「つまらない」「何の役にもたたない」
そのように思えることでも良い
没頭する体験

子どもを戦士にしてはいけないと思う
戦場の戦士にしてはいけない
戦士に心の安らぎは許されないのだから
何より
「安全と安心」が必須事項
安全と安心はPTSDの人にとって最優先的に必須のもの
戦士にはそれがない

子どもを戦士にしてはいけない!!
子どもにPTSDの種を蒔いてはいけない
安心と安全の衣で包んでやらなければならない
それが大人たちの責務だ
親としての責任でもある

親として子どもに何をすれば良いか?
勉強会をしています
興味のある方は
シニフィアン研究所 むかいあい までどうぞ
http://signifiant-lab.com/raise/
【2012/02/26 13:00 】 | 子育て | 有り難いご意見(0)
言葉の刃
「言葉は人生かしもすれば、殺しもする」
「人を生かすも殺すも言葉一つだ」
「言霊」

このような言葉を聞いたことがあるだろう

人は言葉一つで
喜んだり、悲しんだり、怒ったりする
人間って本当に面白い(興味深い)生き物だ

まさしく、人は「言語の海」で翻弄される木の葉のようだ
ラカンは「言語に隷属している」と言った

人は人として人を殺せない
特に、相手の目を見てしまったら決心が鈍るという
だから
背後からだったり、相手の目に覆いをかぶせたり
目を見ないようにするのだろう

また
「あれは犬だ」
「腐った野菜だ」
「役に立たないものだ」
と、動物や植物にしてしまうのも
≪言語≫である

逆に
動物や植物を人間にもする

≪言語≫
それを使って自分の世界を創り上げている
その自分固有の世界を引っさげながら
社会と言う名の≪言語の海≫の中を流離っている

自分を生かすも殺すも言語
人は皆
言語という刃を持ち歩いているようなものだと言えないだろうか?
自分がどのような刃を持っているか
あなたは考えたことがあるだろうか?
それは「愛」と言う衣に包まった刃ではないだろうか?

そのような視点で考えてみませんか?
シニフィアン研究所では「語り亭」を開催しています
お問い合わせはこちらまでhttp://signifiant-lab.com/
【2012/02/25 18:06 】 | 子育て | 有り難いご意見(0)
孤立死

最近、2件の【孤立死】のニュースが報道された

【60代の夫婦と30代の息子餓死か?】
【40代の母親病死、4歳息子衰弱死】

「これからも増える孤立死
「都会の孤立死
など、ワイドショーでも取り上げられているようだ
・公共機関がどうして気付かなかったのか?
・近所の人は知らなかったのか?
・生活保護の手続きをすれば良かったのに
・個人情報保護の関係で入り込めない
・そこまで行政は立ち入れない
・住民登録されていないので、対象外になっていた
・保育所を辞退された
などなど

孤立してしまうのはなぜか?
二つのニュースの話題から離れて考えてみたい

孤立する側

コミュニケーション障害』と言えるのでないか?
つまり
自分の思いを他者に伝える、相談することができない
コミュニティーに参加することができない= 社会性の獲得がされていない

「他者に知られたくない」
「知り合いがいない」
「相談できる人が近くにいない」
などが考えられるかもしれない
しかし
これらの事情が問題ではない
なぜなら
どのような事情があろうとも、
他者に相談したり、助けを求める人は、たくさん居るし
メッセージを伝える手段は、たくさんある
まして、窮状であれば尚のこと

それをしない、できないのは
コミュニケーション障害』といえる

②社会の側

自分は孤立する側ではない』と宣言する
「自分は孤立していないか?」
と問いかけなかっただろうか?

人は、何か好ましくないことを目撃したり、聞いた時
「自分はどうか?」
と、問いかけ
「自分は大丈夫、違う」
と、思い(信じ)安堵する


「自分は違っている」と思い
「私は、違います」といち早く宣言する
そして自分から遠ざけようとする
それが、例えば
「気の毒に」
「可哀想に」
「どうして回りは気付かなかったのか?」
「どうして行政はもっと早く何とかできなかったのか?」
の語らいとなる

このように
人は誰でも、自分にとって都合の良いことは
まるで自分がそれであるかのように振る舞い
反対に
自分にとって不都合なことは
自分には関係ないかのような距離から見る傾向がある
これは
意識的である場合もあれば、無意識的である場合もある

人は怖れているのだ
何よりも自分自身を
だからこそ
同情し、涙を流し、怒り、時にはこぶしを振り上げる

孤立死
このことについて、どのような考えを持っていますか?
あなたは「孤立死」の可能性がないと思いますか?

シニフィアン研究所のHPも参照ください
http://signifiant-lab.com/
【2012/02/24 23:32 】 | 家族 | 有り難いご意見(0)
自分の価値ー女子高生のぞき部屋を一斉摘発
女子高生のぞき部屋を一斉摘発】
このようなニュースを見た

そのことの是非は言うまでもないことだが
レポーターが街の女子高生にしたインタビューが気になった

レポーター
『あなたはこのニュースを聞いてどう思いますか?』
返答
・女子高生A
『そんなことまでしてお金が欲しいのかな!』
・女子高生B
『別に抵抗ない、自分に価値がある(=自己価値感)んだなって、アハハ・・・』

当然、気になったのは女子高生B
冗談で言ったのかもしれないし、
インタビューされたノリだったのかもしれない
しかし
たとえそうだったとしても
「のぞかれることでお金をもらえる」
そのことで「自分に価値がある(=自己価値感)」
と考えることに引っかかったのだ

男性に下着を見せることでお金がもらえる=自分に価値がある
逆に考えれば
このようなことにしか、自分の価値を見出せないのだろうか?
との疑問を抱いたのだ

自己価値感とは
自分は生きるに値する人間であると思えること
男性に下着を見せることで、
「自分は生きるに値する人間である」
と意味付けるということになる

自己価値感」は
自己肯定感」と「自信」と共に
【自己愛の3大構成要素】である

自己愛
1)他者から愛されているという自信
2)自分が他者を愛することが他者からも喜ばれるという確信
3)このようなエロス的交流をその一致を経験しうるものだという希望
4)これらが、現実の経験としての裏付けを持っている
5)基本的信頼によるアイデンティティー(自我同一性)
6)他者と自分自身に対する信頼を抱き続けて生きる
7)能動性と相互性への信頼を、社会へと拡大できる
このような時間と体験の下に培われてゆくものだと言われている

この観点から言うなら
この女子高生Bの【自己愛】は
非常に貧弱で低いと考えられる

この女子高生Bだけが特別ではない
ほとんどすべてての子どもや大人までが
自己愛の傷つきと修復」を求めている気がする
それを
改めて痛感させられるニュースだった

自己愛を高めることに興味をもたれた方は
シニフィアン研究所のHPを参照ください
近日中に、新たな項目「トラウマ(心的外傷)」をアップしてゆく予定です
【2012/02/23 17:38 】 | 未選択 | 有り難いご意見(0)
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